『和歌のルール』 渡部泰明編

茶道具の銘は和歌からつけられることが多いので、和歌を知らなければと思いこの本を図書館で借りてきた。10のルールを知っていれば差し当り和歌を楽しむことができるとあり、ほとんど何も知らない私にはぴったりだろうと高を括っていたが、読んでみるとなかなか詳しく解説されていて驚いた。枕詞、序詞、見立て、掛詞、縁語、本歌取り、物名、折句・沓冠、長歌、題詠。枕詞以外は聞いたこともなかった。高校の授業で習ったのかもしれないが、私は不真面目な生徒だったので全く記憶にない。本書に収められている歌はだいたいが高校の教科書に載っているものらしく、確かにいくつかは私でも聞き覚えのあるものがあった。小野小町の歌を見てみよう。


花の色は移りにけりないたづらにわが身世にふるながめせし間に

「花の色はあせてしまった。むなしく長雨の間に。そして私もこの世の中に生き長らえて物思いをしている間に、むなしく年老いてしまった。」

これは縁語の章に載っていて、「縁語とは、あくまでもひとつの言葉を中心にして、そのまわりにある言葉に限定される」とある。「言葉の連想」ではない。連想は自由にできるが、縁語には限られた言葉しかない。この歌はなかなか複雑で、掛詞(経ると降る、眺めと長雨)もあるし縁語(長雨と降る)もあるし、結句まで読むと前景と背景が入れ替わる高度な技術があると知った。まるで写真や絵画のようだ。手前に映し出されている被写体が必ずしも重要ではなく、その背景に本題が潜んでいることがある。


夜も涼し寝覚めの仮庵手枕も真袖も秋にへだてなき風

「夜も涼しくなって、仮庵で寝覚める一人寝の手枕も両袖も、秋がすぐそこに来ていることを知る風が吹くことよ」


これは吉田兼好が友人の頓阿に送った言葉遊びのような沓冠の歌として紹介されている。全てひらがなで書いてみよう。

もすず ざめのかり まくら そでもあき だてなきか

各句の1文字目だけを読むと「よねたまえ」つまり「米給え」となり、米をくれと言っている。さて次は各句の最後の1文字だけを読んでみると「しほもにぜ」となるが、これでは意味をなさないので反対から読むと「ぜにもほし」つまり「銭も欲し」となる仕掛けだ。もし友人からこんな風情のある歌が送られてきたら、すぐさまひらがにして上から下からと読んでみないことには真意が分からない。次に頓阿が吉田兼好に返した歌を読んでみると・・・。


夜も憂しねたく我が背子果ては来ずなほざりにだにしばしとひませ

「夜もつらい。憎いことに我が恋人はついに来なくなってしまった。いいかげんな気持ちでもいいので、少しは訪ねて来てほしい」

るもう たくわがせ てはこ ほざりにだ ばしとひま


「米は無し、銭少し」和歌がこんなに面白いものだったとは!「和歌には、自分のこころをわかってほしいという願いが詰まっている」また「和歌には、変わらないでいてほしい、という願いを込めることがたいへん多い」とある。和歌を読むとき、意味も分からないのに、なんだか切なくなるのはそんな気持ちが込められているからだったのか。


難波江の葦のかりねの一よゆゑみをつくしてや恋ひわたるべき

                     皇嘉門院別当


黒髪の乱れも知らずうち臥せばまづかきやりし人ぞ恋しき

                     和泉式部


かきやりしその黒髪の筋ごとにうち臥すほどは面影ぞ立つ

                     藤原定家


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