祖母の信条

私の祖母は介護ベッドでの生活を余儀なくされている。今は私のこともあまり良く分かっていない。この和紙に書かれた利休道歌は、10年前に祖母の茶室に入った時に私が撮ったものだ。点前座の正面少し上に画鋲で留められ、素っ気なく飾られている。


「茶はさびて心はあつくもてなせよ 道具はいつも有合せにせよ」


祖母は質素を好み、あれもこれもと茶道具を揃えることなく、本当に必要なものだけを揃えていたように思う。着物や帯もさほど数を持たず、いつもすっきりとしたものを身につけてセンスが良かった。質素であるとむしろ祖母の個性が際立って見える。能ある鷹は爪を隠す。自分をひけらかすことは最も醜いことだと言って嫌っていた。潔く頑固でありながらも柔軟性がある。そしていつも私の味方でいてくれた。


介護ベッドの上にいても人を見る目は健在で、いい加減なことをする介護士がやってくると、足や手で突っぱねるそうだ。ひとつとても驚いたことがある。長らく祖母に会わなかった私は、後悔と自責の念にかられ目がジーンとしてしまった。これ以上涙目にならないように堪えて笑って話しかけたのに、祖母は「泣いてるの?」と私に尋ねた。父もそばにいた。咄嗟に私は「泣いてないよー!」と眼鏡を外しながら、その場にそぐわないほど大きめの声でおどけてみせた。祖母には全てお見通しなのだ。参った。私は青二才でしかない。


人は枯れてからが美しい。


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